3.11 まぼろし

今日は、3.11

もう9年前なんですね。あの日は母が倒れた電話を受けた後で、会社が揺れているのか自分の心が揺れているのかよく分からない気持ちで体験していました。

あの日、命を還された方々の御冥福をお祈りします。

大分前に書いていたものを、アップします。

吉本ばななさんの、まぼろしハワイという本を読了しました。

国分寺の古本屋で100円。読んだことないし、安いからいっかくらいの気持ちで、

途中まで読んでしばらく放っておいてありました。

冬至の頃に、最後まで読んでしまおうとしていました。

車の中で一人、最後の部分に差し掛かるところを読んでいたら、感動の余り号泣出来ました

母とわかれてから、初めてやっと止め処ない涙が流れてくれました。

悲しみや喪失の涙ではなく、自分の頭で考えているよりずっと物事は広大な範囲で動いていて、これは母を通して映し出していた宇宙愛の一部かもしれないと感じた、そんな涙でした。

ありがたい

スイッチは、まぼろしハワイの数行、吉本ばななが5年かけて入魂した、その一部分。

私が母にしてあげられた、数少ない出来事の一つを思い出していました。

あの時、何げないことの一つ一つに宝が散りばめられていたこと。そういう時にはありがちで、その時には分からない。その時間が、どれ程の満足感に満たされていたか。そこは、20年以上前のほんのいっ時、縁があった場所でした。その場で紡ぎ始めた糸、お互いの糸で織り成していたモノ、それは反の端でしたが、それが母の癒しとなり得ていたことに気付けた感動でした。

姉は母をとても大事にしていて、私はそこに入る隙もなく、だからといって嫉妬みたいなモノは全然無く。

晩年は、母が本当に自分の事をわかってくれている姉という存在が側にいる事で、穏やかに生きていけた事を観察しているかの様な気持ちでした。

私が求められることはあんまり無くて、寂しい様な気持ちも無いわけではないけど、それよりも気楽さと二人の蜜月っぷりに傍観者でいる事を選んでいたのだと思います。

物質的にも精神的にも多くの関わりを持った姉に対し、私はよく癇癪起こされたり

あ、そういえば親類が亡くなった時に、葬儀にたーくさんの弔問客が来てくれていたと話しをした時なんか

あんたもそういう人になりなさい、今あんたが死んでも穀潰しが一人減りましたねって言われるだけだわ(嬉しそう)と、実の娘に向かってこんなこと言う始末‼︎

でも、穀潰しとか言ってめちゃくちゃ面白い‼︎と思って当時は爆笑しました。

そんな様なことばかりが思い出されるので、私的には一体何をしてあげられたのか、と言う思いしか無かったのです。

ただ、今年の正月にまぼろしハワイに導かれて呼び覚まされたあの瞬間。

明確な答えは

元々あったのですね。

それにしても、何をしてあげられるかといったら、自分が好きなことをひたすらすることでしか本当の意味でしてあげられることってないのかも。

お読みくださり、ありがとうございます

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