母なる富士でした。

Facebookにあげた記事です。こちらにも…。

今日は、山中湖ロードレースでした。

が、マラソン人生初の3キロ地点でリタイアをしました。
エントリーしていたけど走らないことはありましたが、リタイアは初めて。
あまりにスピードが落ちていくので、時計を見てみるとキロ8分でした。
足を止め、しばらく歩道を歩いてまた車道に戻り、走り始めたけど、また足が止まりました。
やめよ。
帰り道をてくてく歩いていると、ハーフの人達が…。スタート前に笑顔で見送ったみんなが、一生懸命に走っていました。リタイアして戻って行く人が、私の側を通って振り返って話かけてきました。
リタイアってやっぱり悔しいよね‼︎と。
ちょっと間を置いた後に
そんな気持ちもあんまりないんだ。
って答えると、大笑いして走っていかれました。
⁈え?そんだけ走れんなら、レースもどれるんじゃ…
ま、いいや。

歩いて帰ると、みんなはもうゴールしていて。
暑かった?と聞きながら…
完走していないけど、豚汁飲んで、スポーツドリンクもらってガブ飲みして、いつものゴール後と同じ時間を過ごしました。

駐車場近くまでじゅぴたーという名前のボートに乗って✨


楽しくて、テンションが上がりました。
一緒に乗り合わせた若い子の顔と雰囲気が、誰かに似てると思ったら、思い出しました。その子を心から応援していたけれど、なくなってしまったのでもう生き生きと走る姿を見ることはないと思っていたコでした。
そのコを知る他の人が見たら、きっと似ていないのでしょう。私は、目の前のコともう見ぬコの本質的な部分の似通ったところを見ていたのだと思います。

それは私にとって、 会えた ということでした。
その時
私の心はぬくもっていました。

今日は、富士も雪が少なくて山肌が赤かったり茶色かったりコントラストが豊かでした。
私が走るのをやめようが、走りきらなかったけれど完走者に紛れて豚汁を食べようが、ボートに乗ってテンションを上げようが、そんなことは全く関係がなくて。
どんな私でいようとも
いつも変わらずそこに在る、富士は本当の意味で母だと感じました。

そして、今日どうしてあの子に会えたのか、少し理解が出来たような気がしています。
レースを完走していたら、富士をそういう風に見ることはなかったと思う出来事でした。

それに名前があるとしたら、きっと祝福と言うのだと思います。

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