平等に不平等@早朝初沢山と早朝高尾山

おはようございます!ブログをご覧くださりありがとうございます(^^)/

先日から朝陽を眺めています。今日は身体が動かずでみていませんが。

燦々と樹々を照らす朝陽は美しいものです。

ギフトという言葉が浮かびます。

肺の中の空氣の入れ替え

早朝の高尾山にも登ってきました。朝陽を眺めたかったのですが、叶わず。

朝の五時だと言うのに、真っ暗闇です。

氷川神社なんかもやもやでした。

1号路の登り口から樹々が遮っている場所は、本当に足元も良く見えません。

木の囁きと、流水音と、時々分からない音もします。

この登り始めの、まるで闇に襲われるような感覚は独特のものです。思考しないように歩きますが、普段考えないような恐ろしい考えが沸いてきたり、恐怖心を駆り立てる様なニュースを思い出したり、本当に結構怖いのです。それでも、もちろんライトは灯しません。

これが、闇か。

自分が創造しかねない闇をここに来て、浄化・統合しているのです。誰にでもあるものですが。

ただ、これがしたくて来ているのだから、必ず大丈夫だという信頼は100%自分の中にあります。

先日

私にあまり闇がない

というフレーズを聞いたのですが

それは多分統合していっている証なのかな??と。宇宙は平等に不平等(これも勧められた本にあった秀逸なフレーズ。拝借(^^)/)なもんだとおもうので、それぞれに闇を抱えているはずなんですね。

けれども

それは統合されて輝かしい光となるために 在る ものだと感じるのです。

意識が無意識から生まれる様に。

出てくる思考を一つ一つリリース!キャッチアンドリリース。

この登りの端、下層域を突き抜け。どんどん、上に向かい登っていくのです。上昇です。

まさに登山は、この体験を落とし込む行為だと思います。

この混沌とした闇の深い深層・下層から突き抜けて、意識を上昇させていくのです。

そういう意味では、富士登山は半端ない!です!

あ、高尾山の話でした。

展望台はうっすら明るい 山門はまだ街灯が点いています

すたすた すたすた

山頂はもやっていて、しとしと。

モミジは絶好調でした。

下り、鳴いて呼んだ猫はなぜか逃げて行き、開脚毛づくろいを開始。

女坂では

嗅いだことのない鮮烈な爽やかな樹香に包まれ、しばし周りを見渡してどの樹木か探していましたが分かりませんでした。

降りたらやっと少し陽の光が。

帰りに御室社・山王社、白山神社を廻って。

クモの親子!?水面はとても澄んでいて綺麗でした。 スズメが二羽まるで話し合っているようでした。

今日もありがとうございます(^^)/

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